三輪休和先生の萩~ひとりたのしむ昭和巨匠陶芸逸品展より

萩焼は15世紀に毛利氏が高麗茶碗を国内で作ろうと、朝鮮より渡来した陶工をもって御用窯を築いたのが始まりとされています。
その中でも三輪家は京の楽一入と交流を図り、四代休雪など修業のため京都へ上るなど高麗茶碗の写しに留まらない今日の萩焼の礎を築いてきました。しかし明治期に入ると廃藩によって御用窯としての立場を失い、苦境に立たされてしまいます。
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<三輪休和 萩茶盌 共箱>

休和先生(十代休雪先生)はそのような中で萩焼の下となる高麗茶碗を徹底的に研究し、従来の萩にとらわれない高い造形力のある作品を創り出され、萩焼を全国的な地位にまで高められました。
先生の作品は砂礫に釉が絡み随所に縮れが見られ景色などは豪快な印象を受けますが、その一方でその佇まいは、幼少より習われてきた茶道の影響か、何とも品があるように感じられます。

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<三輪休和 萩茶盌 共箱>
こちらは萩の源流たる井戸茶碗の形ではあるものの、竹節高台の鋭敏な削り、碗の形や釉調など休和先生らしさが見られる作品となっています。

<申>

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