魯卿あん便り~晩年の紅志野

魯山人先生の志野との縁は深く、昭和五年、かの荒川豊蔵先生とともに美濃古窯発掘調査を行う。調査は三十六もの古窯に及び、発掘した陶片を鎌倉の星岡まで運ばせるなど、非常に熱心であった。戦後、特に晩年になると、魯山人先生の志野は炎が燃え上がるような深い紅色を呈するようになる。全面に鬼板を配し、この作品のような草文や、檜垣文を搔き落とす。この搔き…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more