やきもの散歩みち  ひとり‥‥たのしむ  

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掌におさまる小さなやきもの‥‥
手にとって撫で回しその感触を確かめ、作り手の想い、技などを感じ、じっくりとみて釉調の奥深さを‥‥感じとる。
これこそが陶芸作品コレクターの最高の愉しみですね。
小品といえども、大作に負けないほどの迫力やドキッとする作り手の思いが隠されて、一人愉しむにはうってつけ。
「ぼくは今の普通のやきものでも、あれ、オブジェだと思うているんです」 (八木一夫)
 今回、ご紹介するのは今週の「昭和陶藝逸品作品集:ひとりたのしむ」の中から、八木一夫の可愛らしい小壺と獅子、そして、魯山人の椿花向付の3点です。

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             八木一夫 千点文小壺

1969年の5月、ラジオの対談で八木一夫は、
「ワテら茶碗屋でっせ」と語り、素材はあくまで陶磁器であることを強調し、自己を表現する抽象彫刻にとって陶土が有効な媒体物であるとした。
 戦後、新しい造形を求め、鈴木治、山田光などとともに走泥社を結成した八木一夫は、
伝統の重さを深く感じる京都の陶芸界を尻目に、実用性や偶然性を否定した自由なオブジェに挑戦し、
美に対する鋭い感性で陶芸界に革新的な造形分野を切り開いた。

八木一夫の造形作品に黒陶や粉引が多いのはその造形明快さを生かすため。
 この千点文小壺は、中国宋代の磁州窯で焼かれた通称・飛び鉋といわれる技法に倣った。
磁州窯の作品は化粧土の世界だ。
赤土に粉引のように白化粧し、その上に鉄、マンガン、コバルトなどの二酸化金属で作った黒釉を掛けてから、
飛び鉋で千点文を施し、黒と白の対比をリズム感よく描いた。

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             胴部分
学生時代、当時は図案科に入るのが普通だったが、父・八木一艸は造形の骨組を体験するために
「形も大事やで」といい、自らの意思ではなく、
「父に彫刻科へ放り込まれた」という。
それが、八木一夫を創作的な立体造形の分野に押し勧めていったのだろう。
この小壺はオブジェではないが、その造形にはその知的な遊び心が十分に伝わってくる。
轆轤ではなく、鋳込みの型を用いて制作。
型から抜かれた上下をバリをそのまま残し、さらにややずらしてジョイントした。
白化粧も少し隙間を空けるように上下から化粧土の桶に浸している。
当時の端正で瀟洒な京都陶芸作品の中にあっての、八木の計算された破調は、
観るものを創作陶芸への世界へ快くいざなってくれる。

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                  八木一夫 獅子

「黒陶や粉引、鉄絵という私の作品のほとんどがモノトーン。李朝においても白磁、染付、鉄絵、粉引、三島など中国陶磁のように色彩的ではないが、李朝の全ての陶器のもつ強さや自由さに味わいがある。」
と八木一夫は李朝のやきものに若い頃から憧れていた。

晩年、轆轤で李朝を意識した粉引や刷毛目の茶碗も多く制作した八木だが、
この愛くるしい顔をもつ獅子の置物は型作りである。
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               器としての「獅子」
立ててオブジェ、寝かして脚と細い尻尾を高台とした「脚付鉢」のように小物入れや灰皿に使えるようにした。


乾山にぞっこん惚れこんだ北大路魯山人が創りあげた、「椿花向付」である。
乾山の意匠に尊敬の念を持ちながらも、
「肝心の土の仕事ができていない」と言った魯山人。
使うことを重視した魯山人芸術の一端を観ることができる。

「芸術は眼に見えない空気、言いかえれば、世人常に言うすなわち感じである。形に見えざる空気の描写、空気の醸成が感じえられて具眼者を恍惚たらしむるものが、芸術という呼称を許される」 (北大路魯山人)
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             北大路魯山人 椿花向付
ふくよかな白椿のふくらみとそれを囲む緑の葉‥‥
白椿は白化粧、葉は織部釉で描いた。
筆にたっぷりと付けられた絵具で一輪一輪に気合のこもった筆使いは繊細にして大胆。
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             口縁の輪花部分

信楽土による轆轤制作だが、タタラつくりのように、どっしりと、しっかりと造形され、縁は輪花に鋭角に切り出され、一点でも見ごたえ十分である。

                               ◇◆◇


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                   カタクリ    photo:Masami Tujioka




           ◇黒田草臣 著書紹介◇      

           ◇黒田草臣 四方山話◇      

       〔本物を見分ける眼〕  ‥‥魯山人の美意識‥‥ などを連載しております。





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