陶房の風をきく ~ コレクターのまなざし 荒川豊藏特集

明日より【コレクターのまなざし 荒川豊藏特集】が始まります。

荒川豊藏先生といえば、皆さまご存じの通り重要無形文化財技術保持者(志野、瀬戸黒)に認定されています。昭和30年、豊藏先生61歳の時でした。それから30年、91歳でお亡くなりになりますが、その後も多くの方を魅了し続けています。

今回は豊藏先生のお人となりがわかるエピソード。少しですが、ご紹介したいと思います。



●隨縁

豊藏先生がご自著の題名にも用いた「隨縁」。まさにその言葉通り、長い人生の間に多くの人と交流を持たれました。陶芸家はもとより、彫刻家、画家、研究者、経済人など。そのことを「人間にもアンテナがあって、同じ周波のものが集まってくる」と述べています。

しかしながら縁は人との交流だけではなく、古陶片発見という、豊藏先生にとって人生を変えるような縁にも巡り合っています。そのときの喜びは、のちに何度も画賛として作品に残すほど。この出会いこそ、のちの人間国宝・荒川豊藏誕生へとつながるのです。

すでに宮永東山窯でも、北大路魯山人のもとでも、乾山風、九谷風、赤絵、染付など様々な手を手掛けていましたが、志野はなかなか納得いくものができなかったといいます。それは桃山時代の志野を実際に手に取る機会がなかったから。その後展示会で名古屋を訪問した際に、志野竹筍絵茶碗 銘:玉川を手に取る機会に恵まれた先生は、どんなにしげしげと見たことでしょう。

そして、とうとう、志野の陶片、それも前日に見た筍の絵が描かれたものを発見することになります。
陶芸史的にももちろん大発見(志野や黄瀬戸、瀬戸黒といったやきものが美濃産であることを実証した)ではありますが、それよりなにより先生の人生を変える出会いであったろう衝撃。このエピソードを思うたび心が震えます。

上記述べられたように、これは偶然ではなく先生が引き寄せたご縁なのでしょう。



志野茶碗 銘:隨縁
『生誕百年記念 荒川豊藏展』より
*今回の出品作品ではありません
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奥様へのプレゼントだったというお茶碗。
やはり筍が描かれており、かつて見た『玉川』、
そして自ら拾った陶片を彷彿とさせます。





●画家の夢

志野・瀬戸黒はもちろんですが、やきものに限らず水彩画、墨画など多く手掛けられています。先生のお嬢様のお話によると、

「若いころは画家を目指しただけあって抜群の記憶力と構成力を持ち合わせていた。スケッチブックは終生、肌身離さず持ち歩いていた。豊藏のスケッチは対象物を目前にして筆を走らせるほか、テレビで見ていた相撲とか外国の景色などを描いたりしていた。」

また、やきものに絵付をする際にも、かなり複雑な構図なものでも下書きなどは用意しなかったそうです。



●無意識の美

豊藏先生は自らの作品について、多くを語らなかったと言われています。

「造ろうとせずに無意識にできたものが美しい」

そして、次のようなことも述べられています。

「雅陶の場合、この工程すべてに通じ、熟達しても、まだ問題がある。頭がしっかり出来ていなくてないけない。鑑識能力が必要なのである。これは天分であるか。一朝一夕では成らぬ。魯山人は人格すこぶる複雑であった。いい面より欠けるところの方が多いであろう。しかし、物を見る目はあった。美が、わかった。私の生涯で出会った識者の中でも、このくらいわかるのは、少ない。

名碗がゆがんでいる。釉が垂れている。それを写して、ゆがみをつけ、釉を垂らす。でも。そんなことでは人を感心させられない。末に走って、本がわかっていないのである。

では、どこをどうすれば、雅味になるかの、機微は説明できない。各人悟るより仕方ない。これは風景を見ても同じである。全部が全部その良さがわかるとは限らない。それがわかるかわからないか、そこに作陶の高みに登れるか登れないかの境目がある。」



●「自然に逆らうものは負ける」

電気も水道もない大萱という土地を選び、近くの山から土を探し釉薬を求め、自ら掘りあげた熱効率の悪い半地上式の古窯をもとにして、焼成方法を模索したという先生。

道具一つとっても、自然から直接えられるもの以外は使おうとしなかったといいます。「ゴムの入ったものは身に着けようとしなかったし、プラスチック製品を身の回りにおこうとしなかったばかりか、夏でも扇風機は嫌い、照明は電球までは我慢できたが蛍光灯は許せず、炊事用のプロパンが自宅に入るときもかなり抵抗した」のだそうです。

大萱という大地のエネルギーを全て、全身全霊で感じるために、アンナチュラルなものを排する。そこまでの徹底っぷりはお見事としかいいようがありません。



●ゆっくり、じっくり。

今回様々なエピソードを知る中で、とても心に響いた言葉があります。

「仕事には避けて通れない順序がある。そのどれひとつをも飛び越してないけない。無駄なことと分かっていても立ち向かわなければならない。人間はどのようなときにも何かを感じ考えるものだ。割り木を作るときも、窯を焚くときも、汗水流してその労苦を感じなさい。」

これは、私も個人的に常々心掛けている、いや心掛けようと努めている姿勢です。地味なことをコツコツと積み上げることでしか進めない。そんな今を肯定してもらったような気持ちになりました。


今回も豊藏先生に魅了された方から大切に受け継いでいかれるであろう作品をたくさんご紹介しております。
ぜひご高覧いただければ幸いです。



図19.jpg


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【コレクターのまなざし 巨匠作家特集~荒川豊藏】  
開催期間:2021年2月19日(金) ~ 2021年2月23日(火)

Collector’s Eye Exhibition of ARAKAWA Toyozo
Exhibition : February 19 to February 23, 2021


<荒川豊藏 / 陶歴>

1894年 岐阜県土岐郡泉村久尻に生まれる
1906年 神戸の貿易商に勤めるがすぐに帰郷。多治見陶器商の小僧になる
1919年 初代宮永東山を知り、2年後東山を頼って上洛。伏見の窯の工場長となる
1927年 北大路魯山人の星岡窯に招かれ、魯山人雅陶研究所の研究員に加わる
1930年 岐阜県可児郡久々利字大萱の牟田洞古窯址で志野の陶片を発掘
    これを契機として次々に古窯址を発見
    志野、瀬戸黒、織部などの茶陶が美濃で焼かれていたことを実証
1933年 大萱に半地下式穴窯を築き古志野、瀬戸黒の制作に没頭
1942年 川喜田半泥子、金重陶陽、三輪休和と「からひね会」を結成する
1955年 志野、瀬戸黒の技術で重要無形文化財保持者に認定される
1968年 文化勲章を授章
1985年 91歳で死去



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図録掲載作品はこちらよりご覧いただけます。

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図録掲載以外の作品も多数ご紹介いたします。

おうちでもご愉しみいただけますよう、
オンライン展示会も同時に開催致します。
(2月19日(金)12:00公開予定)


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ご入店時のお願い

新型コロナウイルス感染拡大防止の為、ご来苑のお客様には
手指の消毒とマスクの着用、また検温をお願いしております。
※検温につきましては37.5度以上のお客様にはご入店をご遠慮戴きます。

なお、マスクをお持ちでないお客様にはマスクを差し上げております。
スタッフまでお申し付けください。

ご理解、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

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(恭)




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