陶房の風をきく ~織部 小山智徳展

ここ渋谷も少しずつ人が増えて来ているような気がしている今日この頃。新型ウイルスとの付き合いに、まだ上手い方法を見いだせない日が続いています。皆様はどんな毎日をお過ごしですか?

家にいる2ヶ月の間に、すっかり春を逃してしまったなぁと思っていたら、毎日蒸し暑く、すっかり初夏の陽気。今年は季節をどれだけ感じられるのだろうか・・・何年も経ってから思い出す2020年はどんなものになるのだろう・・・

そんな、理由もなくもやもやして、ぽっかり穴の開いたような日常の中に、そっと寄り添ってくれるもの。愛でる愉しみや、無色透明な心に彩りを与えてくれるもの。それが焼きものの持つ力であり、温かさだと思います。

久しぶりにお店に来てくださったお客様とお話をしたり、WEB展示を見て問い合わせくださったお客様とメールでやりとりをする。そんな中、早く普通にお店に行って作品を見たり、先生とお話したい、というお声をいただいて心から感謝するとともに、私どもも早くそうなってくれるよう願うばかりです。


さて、今日から始まりました小山智徳展にあわせて、先生にお話を伺いました。


●一貫した作陶のテーマ
『個展テーマは無いです。僕の中での一貫した作陶のテーマは、登り窯の隅々まで織部と呼んで良いもので埋め尽くして焼くことです。緑色の釉を使ったものが織部焼ということではなく、様々な織部焼があるということを基調にしながら、派生的に解釈を拡げて作って行ければと思っています。

個展のたびにテーマを設定するということは、いまのところ考えていません。窯を焚くのが年2回なので作り始めるときに何を作るのか20種類前後の道具を凡そ決めて作り始めます。一昨年から制作している古染写しも土型から作り始めてまずは写しを、その次に釉絵付けを織部に移し替えたもの、次に何をするかは「何でもあり」だと考えています。テーマ設定の必然性があれば、やろうと思いますが・・・。

それぞれの作る道具に於いて、それぞれに小さいテーマがあると考えた方が破綻が無いと思います。』そう答えてくださった先生。



●先生の規定する織部焼とは
Ⅰ. 桃山期の織部焼に範を持つことでその方法論に準じて作ること。
Ⅱ.土、焼き、釉、絵付け、型、形、道具としての機能を満たすことと、そこから生まれる形を考えること
Ⅲ.登り窯で焼くこととその制約(イ)の中で考えること
(イ)1200度~1350度の温度域で出来る釉
長石釉、灰釉、鉄釉、無釉、緑釉の織部焼、黄瀬戸、引出黒 その他

『焼き上がりが温度によって左右され易い緑釉の手綱が中々コントロール出来ないというところが常に悩みで面白味でもありますね。』


引出黒
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●桃山といま
桃山というのは1960年代の現代美術が盛んだったころに似ているといいます。面白がってものを作る、そしてそれを面白がる人もいた、そんな気風があったと思う、と。

そして日本のどの時代よりも強いエネルギーと魅力あふれる作品が生み出された時代の一つであったと同時に、お茶を飲むためのお茶碗、お料理を盛り付けるための向付といったように、器には機能が必要とされ、それが道具としての形を作っていた頃でもあります。

先生の土型は500種ほどあるといいます。焼かない土型は、柔らかい線が出せ、また調整もきくのだそうです。長い年月、繰り返し使ってきたものもあり、今回作った水指の中には30年ほど前の型に手を加えて作ったものがあるのだとか。桃山時代の型というのはほとんど残っていないことからも、当時も土型を用い、陶工たちが様々調整を行いながら作っていたのでしょうね、と先生。

燭台は轆轤で立ち上げてからフクロウや立猫へ、鉢も轆轤で引いてから型にかぶせる。たたらよりも土が均等になり、とても合理的なやり方だとおっしゃいます。桃山の時代も大量の向付(食器)を作ったであろうから、こういう合理性も合わせ持っていた、ただ美しいだけではないといいます。

型にかぶせた後は「なぶる」という作業。手を加えていくことで、柔らかい口縁であったり、微妙な曲線を出したり、型では出せないものになってゆきます。


土型
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●お茶碗について
意識的に小振りのものを作ったそう。毎日自服で茶碗を使っていると、大きな茶碗は気張りすぎていて、小振りの物の方が内面的に愉しめるところがあり、最近はもっぱらそちらが好みなのだとか。

今回のWEB展示会ページでは、実際に手に持っていただけない方のために、重さの表示をしております。よろしかったら参考になさってみてください。

織部黒筒茶碗
10.2/ 10.5/ H9.4cm   358g
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黄瀬戸織部茶碗
10.2 / H8.1cm   303g
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●「織部バカ」という強み
織部焼だけを40年近く、登り窯で焼いているご自身を「織部馬鹿」とおっしゃいながら、それが強みかなぁと笑われました。
200を超える意匠を蓄積し、織部以外をやらないで来た結果として残っていること。それが案外大切なのではないかと思うと。

土も釉も毎回何かしら違っていて、登り窯の不安定さもあり…それでもそのデータからこぼれ落ちたところに何か可能性があるとおっしゃいます。


焼く前の豆皿
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●手持ちの駒で指す将棋
織部焼のまとう大らかな質感と、理に適いながらも作り手の創意がそがれることなく生きているところが魅力で、カオスと言ってもいいような道具曼荼羅的な種類の多さも好きなところなのだとか。

これからも死ぬまで織部を楽しみたい…不器用な人間なので。とおっしゃいますが、これからは手持ちの駒で将棋を指すように織部を作っていきたいという言葉からは、ありきたりの言葉になりますが、その道だけを歩んで来たという自負を感じました。

でも、先生には、決して頑固一徹という固さは無く(強いこだわりやご意思はもちろんあると思いますが)、織部を存分に愉しんで来たというしなやかさを感じるのです。そして、それが先生の作品を見ると思わず笑みがもれてしまう・・・理由なのではないでしょうか。



●ぶれない強さ
心がいつも迷いに迷う性質の私にとって、ぶれない強さは憧れでもあります。先生に、心が惑うときはどうするかとお聞きしたら、
『迷いが出るときは体が疲れていることが多いので、とりあえず行きつけの温泉でのんびりすることにしています。それから、いままでの人との出会いや経験が元になって今の仕事が構成されているので信じることですね。下手でも・・・。』とおっしゃいました。
行きつけの温泉か~と、まずはそこをうらやみながら、「今までの人との出会いや経験がもとになって、今の仕事が構成されていると‘信じる’」という言葉に強くうなずけました。

自分が今ある自分自身を信じない限り、迷いは消えないのですね。「手持ちの駒」は自分の歩みの証でもある。精進あるのみ、です。



鯛車香合
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新潟の村上市を訪れたときに見かけた鯛車。
織部らしい香合になりそうだな…と早速つくってみたのだとか。



●最後に皆様へ
『コロナ禍の渦中でもあり上京は差し控えさせていただきますが、こんな状況下とはいえ制作は日々続けております。緊張が続く毎日ではありますが、ふっと息を付けるものをネットの中にお探しにお出かけ頂ければ幸いです。小山智徳』






燭台の動物シリーズ
青織部立猫燭台
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青織部鵂燭台
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『南蛮人燭台からは逸脱しているけれど、楽しんでくださる方も多いので…
まだまだ行けそうだと楽しんでつくっています』



織部のみのお茶会にて
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【織部 小山智徳展】
開催期間:2020年6月8日(月) ~ 2020年6月13日(土)

Exhibition of KOYAMA Tomonori
Exhibition : June 8 to June 13, 2020

しぶや黒田陶苑 
shibuya Kurodatoen
11:00~19:00


◇同時開催◇
オンライン展示会【織部 小山智徳展】
Online Exhibition of KOYAMA Tomonori

コチラよりご覧くださいませ。
↓↓
https://www.kurodatoen.co.jp/exhibition/20200608/




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戸隠山と鏡池
その名の通り、鏡のように映る


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戸隠神社奥社の参道で見かけたリス


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朴の花



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登り窯






(恭)

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黒田草臣ブログ: http://01244367.at.webry.info/
しぶや黒田陶苑のホームページ: http://www.kurodatoen.co.jp/