陶房の風をきく ~オブジェ焼 八木一夫・鈴木治・山田光・益田芳徳展 2週目

先週から始まっております【オブジェ焼 八木一夫・鈴木治・山田光・益田芳徳展】。予定を変更し、4月14日(火)まで3週に渡り、ご紹介しております。

今週は鈴木治先生を見てまいります。



鈴木治先生は1926年京都・五条坂で永楽善五郎工房の轆轤職人だった家に生まれます。子どもの頃から轆轤技術を身につけ、京都の訓練所で轆轤を教えている時に八木一夫先生と出会います。


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土面



○行の鈴木
まだ何も陶芸の世界に対しての認識がほとんどない、「真っ白、白紙の状態」である治先生に八木先生はこうおっっしゃったそうです。「土から最初はじめて、焼き上げるまで全部ひとりでやらにゃいかん」と。そのときのことを「真っ白な紙の上にいきなり墨をとされたようなもので、しっかりとそれが気持ちの中に入ってしまった」と振り返っておられます。

言った本人は忘れても言われたほうは覚えているということはよくあることで、治先生も何十年経っても、自分で最初から最後までやらないと気が済まなかったのだそうです。「大げさには芸術をやっているのだけれど、職人的な気分が色濃く残っている」そうおっしゃっています。




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入れ子
焼成時に収縮することを綿密に計算しなくてはならないため
先生の轆轤技術の正確さが最も端的に現れた作品




○土(陶)は整理する形、石(磁)はプラスする形
治先生は五条坂の自宅と工房を、山科の清水焼団地に移したことをきっかけに、ガス窯による磁器の制作が可能になり、以降は信楽土の酸化焼成の焼締と還元焼成による青白磁の作品が並行して制作されるようになりました。

「土で出来て、轆轤では出来ないもの」を追求した治先生にとって、馬は生涯を通じて最も好んでいた題材の一つです。


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青白磁 馬 


磁器作品は陶器作品と違い、型でつくった部品を付け加えてつくっていきます。こういった一連の制作工程、その複雑さが先生にとって、工芸的、体質的なものによく合うと感じておられたようです。




私のつくってきた馬は、馬を写生して、それをもとに形にするのではない。

日本のはにわの馬や、古代中国の画像石や明器の馬、
ギリシャ神話に登場する天馬。
あるいは、旅で出合った美しい白い馬や、
全身から湯気をたてながら働いていた、たくましい馬など、
実存の馬も、空想の馬も、先人が形にして残してくれた馬も、
それぞれが私の心の内に鮮やかに残っている。

私の場合、それらのイメージがまじり合いながら、
ゆっくりと単純なすがたに整理されて、
ほとんど抽象に近い形に落ち着くことが多い。

それは馬と名付けながら、馬とは程遠い何か別の、
新しい形を追い求めているようにも思える。

それなら何も馬でなくてもいいのではないかと考えたりすることもあった。

しかし、馬をつくり初めて三十年あまりも経た今は、
やはり私の心の中に映る馬でなくては、形につながらない。
そんな気がしている。

日本経済新聞(1999年3月25日)「鈴木治 自作を語る」より



○土のかたち「泥象(でいしょう)」
1982年頃から、風や雲といった自然現象をテーマにしたシリーズが始まり、それまでの「泥像(でいぞう)」に代わって、森羅万象の語からとった「泥象(でいしょう)」を作品タイトルに使います。

以前、彫刻の展覧会の帰りに見た入道雲が頭に残っていた先生は、自然現象もテーマに出来ないかと考えます。そういった印象に残っていたものが蓄積され、展開していくシリーズの中の一つに雲があります。



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雲の帽子


これらも、上述の馬と同様に、様々なイメージがまじり合い、単純なかたちに整理され、抽象化されてうまれたのでしょうか。



○立体造形家でなく、陶芸家
紫綬褒章を受章された際、肩書きとして陶芸家、立体造形家とあったのだそうです。立体造形家と言われると何か気持ち悪いと感じられた先生。それはなぜか。

土は単なる素材とは言い切れない、土に対するこだわり、土でないと困る。自分の作りたいイメージをもった時に、それをどういう素材でやろうかと考えるのではなく、土の中でどれだけのことができるのか、ということを考える。

だから自分はあくまでやきもん屋、陶芸家であるとおっしゃっています。


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○土のもつ可能性
治先生をはじめ、走泥社の作家たちは土という素材に強くこだわり、限定することで制約を受けつつ、その素材の可能・不可能の振幅の間で形を思考するという方法をとっていました。やきものにとってあたり前の素材である土がもつ可能性をあらためて問うことによって、やきもののあり方を根本から変革したこと。それが走泥社の活動のもっとも大きな功績の1つといえるでしょう。

走泥社の活動は、伝統の否定と新しい陶芸の創造と言われがちですが、治先生はこのことについて、親交のあった司馬遼太郎の言葉を引用しておられます。

「伝統を破壊してその上に何かをつくっているのでなく、伝統はそのまま家に置いておいて、隣の畑を一生懸命耕しているのだ」と。




やきものの中心地、京都・五条坂で生まれ、八木先生と出会い、山田光先生らと切磋琢磨して来られた先生。
前衛陶芸家集団として活動されたなどというと少し尖った印象を持ちがちですが、作品全体の持つやわらかな印象、モチーフにした動物の愛くるしさ、作品ネーミングの妙、そこからは、京都人だった先生のはんなりとしたユーモア、自分を律する心、そして高い美意識に裏打ちされた制作姿勢が感じられます。







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【オブジェ焼 八木一夫・山田光・鈴木治・益田芳徳展】
開催期間:2020年3月27日(金) ~ 2020年4月14日(火)
休業日:2日(木)、9日(木)

Exhibition of Object by Sodeisha:
YAGI Kazuo, YAMADA Hikaru, SUZUKI Osamu, MASUDA Yoshinori
Exhibition : March 27 to April 14, 2020


<鈴木治 / 陶歴>
1926年 ロクロ師鈴木宇源治の三男として京都に生まれる
1948年 八木一夫、山田光らと「走泥社」を結成し、第1回「走泥社展」を開催
1961年 日本陶磁協会賞を受賞
1962年 プラハ国際陶芸展で金賞を受賞
1968年 大阪芸術大学陶芸科助教授となる
1970年 「ヴァロリス国際陶芸ビエンナーレ展」で金賞を受賞
    1971年 ファエンツァ国際陶芸展で貿易大臣賞を受賞
     日本陶芸展推薦招待出品、以後、毎回出品
     京都、東京国立近代美術館主催「現代の陶芸―アメリカ・カナダ・メキシコと日本―」展に招待出品
1975年 「国際陶芸展‘75」に出品
1979年 「アート・ナウ’79」に出品
1999年 東京近代美術館にて「詩情のオブジェ 鈴木治の陶芸」開催
2001年 73歳にて死去






(恭)



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